権威ではなかった

宗 教的な活動も、別ではないように思われます。
私にはなにが本当に信仰なのかが分からなくなります。

これだけシンドイと死ぬんだろうなと言う変な実感さえある。
実際に浮腫みや夕方以降の吐き気の他に午後になると恐ろしいまでの脱力感と言うか、無力感。
気合が全く入らない。

あとどれぐらい腎臓が持つのか知らないが、そろそろ次の段階に移行してもらわないと気がおかしくなりそうな感じ。
元々、正常じゃないから死のうなんて考えるんだが。

明日は雪ちゃんにノンビリ話こいてないで入院の段取りにしてもらいたい。
毎年、行ってる秋キャンプも気になるが、このまんまじゃ何も出来ない。
トマス・アクィナスは信仰を吟味し、キリスト教徒に洗礼 を施したとチェスタトンが言っています。トマスが権威づけられたのは19世紀ぐらいだったと思います。
彼は聖人にされてしまいましたが権威ではなかったの です。彼は死ぬときに自分の書いたものなどわら屑のようなものだと言ったと言われます。
今考えているのはソクラテスが脱獄しなかったことです。彼 は少なくとも裁判では浮気調査 佐賀自分の行為が間違ったことしていないと弁明しています。何等かの落ち度を認めたわけではありません。親友のクリトンに脱獄を進められ るとその申し出を吟味します。そして脱獄を悪をもって悪に報いる行為として受け入れませんでした。今だったら再審で無罪になるケースでしょう。
納得のゆく 結論ではありません。クリトンも死を受けれたら敵の思う壺だと言っています。正当防衛の考えは古代にもあったように思われます。ソクラテスは不毛なエリー ト主義のように見えますが、ソクラテスはその言葉ではなく彼の生き方自体が逆説のようにわれわれの生へと問いかけてくるようです。